おまちゃん徒然な過去ログ
++その5++

5月11日のおまちゃん

今年は一月半も早く夏がやってきたといって大騒ぎになっています。
5月第1週にして既に30度を超える暑さは確かに異常ですが。
そういえば、昨年の夏も6月が異常に暑く
そして7月には地中海性気候にあるまじきことに多量の雨が降り
湿度がむんむんで大変な夏だったことが思い出されます。
今年の夏は如何に?
まぁそんなことを言っている傍らで、
小麦色の肌第一主義のイタリア人ですから
太陽の恵みのこんなチャンスを決して見逃したりはしません。
Mezza nuda(つまり半裸)のお姉ちゃんが
(お兄ちゃんや、おじさんやおばさんも含め)
フィレンツェの真ん中を流れるアルノ川の川べりでゴロゴロと
肌を晒して日焼けを始めているのを目撃することができます。
イタリア人たるもの早くしないとね、負けちゃいけないからね。
目指せ小麦色の肌!!なのよね。

私は3月末から4月末まで日本に戻っておりました。
ちょうど桜の季節いいわねぇっていう声を背に
伊豆の桜が満開の時期には、
私は病院のベットで虚しく時を過ごしていたのでありました。
左大腿部脂肪腫切除。
漢字で書くとなんとなく病気っぽいわ。
でも実際は大したことはなく、ただ脂肪の塊がでかくなりすぎてしまい
(ほかのところに脂肪ついてよ、ここじゃなくてってとこなんですが・・・)
ほうっておくと醜いので取りましょうか、そろそろということだったのです。
結局局部麻酔で済んだのにもかかわらず、
虚弱体質ぶって昏睡状態になったせいもあり
思った以上に入院生活が長くなり、すっかりつまらぬ日々を送ってしまいました。
あまりに暇なので結局執刀医の先生が求めたのよりも一日早く退院したものの
傷口がなかなか安定せず今度は抜糸が遅れに遅れ・・・。
病院の先生のいうことは聞くものです、教訓。
2度にわたって抜糸を行い、
後半部分は傷口に癒着していたので回復が遅れたものの
まぁ、取るものとってすっきりというところでしょうか?

今年は本厄年なのです、おなご満33歳。
通院途中に車を当てられたりもして、
こりゃぁやっぱり祓っておくものは祓っておかないとということで
うちの近所のうらびれちゃってますという
某広瀬神社にて厄払いの祈願をしてもらいました。
もちろんこんな季節外れに厄払いをする人は他になく、
私のためだけの祈願。
これは効き目ありそうです。ありがたい。
でも本殿の木の滑り戸が開きにくかったです、神主さん。
由緒正しい神社なのですから
もう少し何とかならないものかと少し気をもんでしまったしだいです。

日本ではかなり売れたようですが、
マイケル・J・フォックスの「ラッキーマン」。
この中で彼が書いていた一言。考えさせられます。
人の強さってこういうこと?
「自分では変えられないことを受け入れる平静さと、
自分に変えられることは変える勇気と、
そしてそのちがいがわかるだけの知恵をお与えください。」

悟りを開くにはまだ遠いオマタであります。
6月9日のおまちゃん

あれ、前回の更新から早くも一月。おかしい。

実は帰国している間に色々と考えるところがあり
戻ってきてすぐに、これまでの仕事をひとつ辞めたのです。
なので、実はたっぷり時間があるはず、なのですが。
そして4月からはADSLにして快適なネット生活が送れているわけですが。
ネットサーフィンがかなり快適になったものですから
ついついいろんなところに手を出し足を延ばし…。
結局更新する時間を食い尽くしてまでネットサーフィンしているわけですね。

トップページでお馴染み(?)のハーボットにはまってみたり
ソネットタウンで部屋をこしらえてみたり。
やたら滅多に懸賞サイトを歩き回って応募したり。
お友達のワンコサイトをさまよってみたり。
もちろん仕事のための資料集めにも使ってますが(汗)。
一日の大半をコンピューターの前で過ごし腰痛がひどくなりました。
でも、一時話題になった(と思う)
「かわいいからだ」(寺門琢己著・メディアファクトリー)の推奨する
骨盤体操を基本にストレッチなどをして
腰痛も肩こりも即刻解決!!なのです。
効きますよ、骨盤体操。簡単にできるし。

そして、ご存知の方はご存知ですが、(当然だ)
王子様ビリーと
訳あって居候を続けているちびネコ・チッチーノの世話に
明け暮れているのです。
チッチーノはすっかり元気になりすくすくと育ち、
好奇心も旺盛になりました。
ビリーの尻尾を一生懸命つかもうとしている姿に笑ってしまいます。
しかしビリーのほうはいまだ警戒心と嫉妬心が解けず、
あまり仲良くしたくなぁい風なのです。
少しづつ慣らせなくてはと思ってチャレンジするのですが、
ビリーは腰引いて逃げちゃう始末。
なのでチッチーノはいまだ籠生活。
でもでかくなったので新しく大きな籠(檻ともいう)を調達。
狭い空間を文字通り上へ下への大騒ぎです。
朝晩のビリーのお散歩の時間だけテラスに放され
広々とした空間で遊ぶことが許されているチッチーノです。

最近はすっかり暑くなってだるだるの日中です。
この暑さのおかげですっかり食欲も落ちサラダだけで十分な気分です。
そして今年の夏はジェラートではなくフローズンヨーグルトで
暑さを乗り切ろうと思っています。
ジェラートは(特にここ数年のフィレンツェのは)甘みが強くて
ヒエヒエ感を味わったあと必ず冷たいミネラルウォーターが欲しくなるのね。
それって本末転倒じゃないかなぁとずっと疑問に思っていたのですが
それを簡単に解決したのがフローズンヨーグルトだったわけです。
ここ2−3年で随分増えたヨーグルトやさん。
チェーンごとに味も若干違うしフレーバーも様々。
私のお気に入りはカルツァイ通りにあるヨーグルトやさん。
夏のトッピングはさっぱり系で「青りんごとレモン」で決まり。
甘さ控えめですっきりしておいしい。

日本でもいよいよ「マトリックス・リローデット」公開ですね。
人類よりも自分の女を守る救世主ネオの愛の物語になっていた…。
映画館に見に行かれる方、エンドロールのあとの
「マトリックス・レボリューション」の予告編をお見逃しなく。
7月4日のおまちゃん

皆さんは夢をみますか?
私は仕事で疲れていようが暇でダラダラしていようが
結構よく夢をみるほうです。
こちらに来てからはイタリア語と日本語の入り混じった夢をみて
寝ているのに脳みそつかってんじゃん、って一人いい気持ちです。
夢なので、結構理不尽な出来事とか
ありえないよぉってことがやたらあるのですが、
先日は海で何か(はっきり覚えていない)を必死で探している夢を。
朝起きたときには覚えていてもすぐに忘れちゃうんだよね
どうしようもない夢って。
小さい頃から繰り返しみる黒装束の夢っていうのは最近みなくなりました。
あれは心が緊張しているときにみるような夢なんだろうなぁ、きっと。
私の夢にはいくつかの定番と突発的なものがあって
定番はやっぱりそのときの心理状態を表しているような気がします。
突発的な夢は現実と関係があるときもあれば
全く無関係、どうしてそんな発想するのっていうものもありますねぇ。
起きているときの私の脳みそでは
到底考えつかないようなストーリーが始まるのは面白いけど
つくづく脳みそって奥深ぁいって思います。

夢といえばビリーも頻繁に夢をみています。
って、別に、ビリーが起きて
「おまちゃん、あのね、今日こんな夢見たよ」って
私に教えてくれるわけではなく
ぐっすり寝ているビリーの口がむごむご動いたり
だらっと伸ばした四本足がぴくぴくっと動いたり
長い尻尾ではたはたとベッドを叩いてみたり。
時々は寝言のように「キャフッ、アフッ」ともらしてみたり。
そういう一連の動きを見ていると
「お、夢見ているところだな」と思うわけです。
でもビリーの脳みそは私のに劣らず、これっぽちなので
そう複雑なストーリー展開がなされているわけではないと思われ。
草原を一人で好き勝手に走り回っているのや
おいしいご飯を独り占めしているのや
大きなワンコに果敢に立ち向かっていっているのや
きっと起きているときにもやっていそうな
ごく普通のことを夢みているのだとおもうのですが。
まぁ、安眠できているのならそれが一番だよなぁ、と思ったり。
日本のように寝苦しくて目が覚めるようなことは
我が家ではこれまで経験したことないから、幸いにも。
(エアコンないけど、他のイタリアの家庭と同じく)

6月に街中を歩いていて頻繁に見かけた赤い観光バス。
フィレンツェの市バスの一部かと思ったら、どうやらそうではなく
(提携はしているようです。
バスの後部にATAFのロゴ入っているから)
City-Sightseeingのバスだってことが判明。
フィレンツェ駅の東側のバス用プラットホームの端っこから
30分おきに運行しているそうで。
(電車降りてきた場合は左手方面ね)
これは普通の市バスチケットで乗れるのかと思っていたので
(市バスチケットは60分で1ユーロ。
私は定期所持なので乗れると思った)
さぁ、久しぶりに観光客気分!!なんて考えていたのに。
別チケット。24時間乗り降り自由で20ユーロ。
いやいや、これはちょっと高くないですか??
と思ったのは私だけかなと思って
マウチャンに話して意見を聞いたら
「アホじゃん、それは高いよ。歩いて回れ。」と言われました。しょぼん。
確かにフィレンツェの観光ポイントは
歩いても回れる範囲におさまっているけど
そういうのが問題なんじゃなくて、あのバスに乗りたかったのよね。
二階建てバスの、あの太陽に曝されたデッキ席に乗って
いつもの目線より高いところから(それでなくてもちびっこだし)
フィレンツェの街を見てみたかったのだ。
今もまだまだ思案中。実行されるのか?
詳しく知りたい人はこちらからどうぞ。

7月28日のおまちゃん

イギリスに留学している友達が遊びに来ました。
彼女はイタリア大好きで、時間を見つけては遊びに来てくれます。
あまり人に懐かないビリーも彼女のことは大好きなようで
来る度に親密度を上げている様子。
とはいっても
オマタにさえ牙を剥き出しにすることがあるビリーですから
ふとした拍子に「ぐるるる・・・」と唸ってますが。
ビリーは愛情表現がとても下手な犬です。
ある意味ではオマタに非常に似ているのだと思うのですが。
心から大好きと思っても素直に表現する術を知らない。
そんな風にちょっとひねくれたビリーに育てたのもオマタ。
最近は責任感じて反省もしているんですが・・・。
イギリスから来る彼女は私オマタよりずっと大人で
そういう人と触れ合うことで
ビリーも少しは勉強してくれているのかも。
マウマウが来てから少しビリーが変わったように。

そんな彼女とカプリを皮切りに色々歩きました。
イギリスから来た彼女にとって
今年のイタリアの尋常ならない暑さは
かなりこたえたと思いますが。
触角をいっぱい伸ばしてい精力的に活動している姿を見て
自分の道を歩くことを知っている人間には
底知れないバイタリティーがあるんだとつくづく思いました。
見習わないとね、おうちにこもりがちなオマタも。

彼女と一緒に5年ぶりにオープンしたベルヴェデーレ要塞の
オープニング展覧会に行ってきました。
この展覧会、実は3年がかりの壮大な構想になっているらしく
今年は1900年代後半の芸術家の作品を展示。
2004年は1900年代前半、2005年は1800年代と
テーマがそれぞれ決まっているようで。
近現代美術が好きではないオマタですが
この展覧会は面白かった。
芸術って常にそこにあるものを
肯定するにせよ、否定するにせよ、
形を変えて新しいものを探して行く
そういう、果てしないドラマなんだよなぁって
なんとなく思ったりもして。
前人が残している偉大な成果を
なんとかして乗り越えていかなくてはならないのが
人類の営みであって
それって芸術家ではない我々の人生にも言えることなんだって。
破滅的に生きるのが必ずしも正しいとは思わないけれど
いまを守り続けることで生まれてくるものと
いまを壊していくことで生まれてくるものは
全く形の違うものだろうし。
守るのよりもやっぱり壊すほうが勇気もパワーも必要。

同じ場所にとどまり続けて煮詰まったら
やっぱり飛び出してみなくちゃ何も変わらない。
今の自分自身を脱ぎ捨てる勇気を持たなくちゃ。
8月31日のおまちゃん

暑い8月も終わりです。
まだまだ暑いとはいえ、朝晩は涼しくなり空も秋色になってきました。
問題はいつまでこの暑さと晴天が続くのかです。
秋から冬特に11月はフィレンツェは雨の多い季節。
さてこの先どんな展開になるのやらという感じ。


友人一家が日本へ引き揚げてゆきました。
知り合ったのは
私がイタリアに来て間もない頃だったのでながぁいお付き合いです。
彼ら夫婦に出会ったことは私にとってとても大事な出来事。
前向きに生きること。諦めないこと。いっぱい学びました。
滞在中に可愛い愛娘にも恵まれ
彼女の成長はまるで自分の親戚の子を見ているかのようでした。
そんな彼らが他でもない娘のために
そして日本から伸びる新たな活躍の場を求めての決断。
いったいいつごろからそういう計画をしていたのかは
もちろん私の知るところではないけれど
人生にはタイミングと流れはやはりあるんだろうなと思います。
去年でもなく来年でもなく「今」だった理由も。
そうやって人生って動いていくのかもしれないですよね。

ちょうど今読みかけている本は別の観点からかかれたもの
つまり『老化をいかに防ぐか』という観点で書かれていて
老化制御の技術の発達により
人類はもともと与えられている120歳の寿命を
まっとうできる日が近いというのです。
まぁ、それはまだ先の時代の話だろうけれど
そうなったとして
少なくとも今でも80歳は余裕で超えられそうな限界ではないかと。
だとするとこれまでの我々が踏襲してきた人生設計の基本というのは
変更を余儀なくされるだろうと。
人生50年もしくは60年だった時代の考え方では
80年の寿命の後半20年を無駄に過ごしてしまうことになるというのです。
確かそうかもしれないなぁと思いませんか?
そこで人生の計画を立て直せと提案してきます。
私はこれまで自分がこの世に長く居座ることをあまり考えていなかったせいもあり
実に短いスパンでも計画しか立てられずにいました。
実際今でも遠い未来のことなどとても想像することができないんだけど。
でも自分がどういう方向で行かなくてはいけないのか
どうして行きたいのかをはっきりさせるためにも
少し長い目で見た計画を立てたほうがいいのかなと思い始めたところです。

行き当たりばったりの人生に変わりはないだろうけど
それでも少し道標をつけたらいいのかなと思った8月なのです。

今の場所でくすぶっているわけにもいかないでしょ。
やっぱり飛び出さなくちゃいけないんじゃないかと。
自分の過去にとらわれずに殻にこもらずに。
今を壊すのは勇気がいるけれど
それが必要なときは必ずやってくるんだと。
11月12日のおまちゃん

気づけば8月末からここも全然更新してませんでした。
メールマガジンを出し始めてから
毎週何らかの情報を発信しているので
なんだかサイトの更新しているような錯覚を起こしているようで。

2003年の夏は長くそして暑かったのですが
秋になり、中庭の木々の葉があっという間に落ちて寂しくなりました。
夏の間まったく降らなかった雨もよく降るようになり
また季節はめぐっていると感じる今日この頃です。

そんな中、我が家の暴れん坊たちに手を焼き
ここのところ、ちょっとバイオリズムが低下していたのですが
母の一言で立ち上がる気力が湧いてきたところです。

10月半ば、私の不注意から
2000年より愛用のPCにお茶をぶちまけるという
私にとっては悲劇的なとんでもない事故がありました。
今は新しいPCを手に入れてすっかり上機嫌。
幸いにもある程度のバックアップがあって
死ぬほど痛い目には遭わずに済んだのが何よりの救いでした。

そしてその後、また私の不注意で、ビリーと接触事故を起こし
唇がさっくり切れて、結局は二針縫うという怪我もありました。
今は抜糸も済んで、まだ傷のあとも生々しく残ってはいますが
この怪我で受けた精神的ショックからはかなり立ち直りました。
傷を見るたびに、人は「そんな犬」といいますが
私にはビリーに悪気がなかったことも、
私が過ちを犯したのだということもわかっているから。
甘やかして育てたビリーとの付き合い方を
もう少し考えてあげないといけないのは私のほうだったんだから。
そしてビリーのあの瞬間の、
私の唇から流れる血を見たときの顔は
一生忘れないだろうなと思います。
自分が大変なことをしでかしてしまったことを即座に察知して
申し訳なさと悲しさの入り混じったとても情けない顔をして
そしていすの陰や布団の陰でぶるぶると長いこと震えていた姿。
小さい脳みそで色々考えて不安になったんだろうなぁって思うと不憫で。
私がきちんと気をつけてあげなくてはいけないんだよねって
改めて思った瞬間でした。

今年は私にとっては本厄年。
3月の帰国のときに厄祓いもしてもらっています。
それによって私の中でも
すっかり厄は落とした気持ちになっていたのですが
ここに来て続いた不慮の事故を
私は厄年のせいにして、母に愚痴を言ったのです。
そしたら母が
「厄を祓ったからこのくらいで済んでいると思いなさい。
悪いほうに解釈すれば
いくらだって悪いことはあんたに押し寄せてくるわよ。」って。
その一言を聞いてまさにそのとおりだと思いました。

頭では前向きに考えなくてはとわかっていても
なかなかそういう方向に持っていけないで
一人で悪循環・空回りをしていた日々。
ここのところ続いた事故は
すべて自分の内側から出たものであったのだということに
そして
それを改善するためには
歪んでしまった自分の主軸の建て直しが必要だということにも
ようやく気づきました。

こんなはずじゃないって嘆いているのはとても簡単。
でもそこから抜け出すためには
自分自身の気持ちを切り替えなくちゃ何も始まらない。

ちょうどぐずぐずといろんなことに考えをめぐらせていたときに
マトリックス・レヴォリューションズを観て
なんとなく答えが見つかったような気がしているのです。
2004年1月16日のおまちゃん

フィレンツェに暮らして9年。
2004年1月25日、フィレンツェに久々に雪が降りました。
1980年代に確か一度大雪になったことがあって
そのときの写真をたまに見かけることもありますが
フィレンツェは雪が降るような街ではないのです、基本的に。
この9年間でこれが3回目です。
フィレンツェで雪を見るの。
伊豆で育ってあまり雪と縁のない私は
雪が降っているだけでわくわくしてくるんですが。
フィレンツェの雪はあっという間に降り止み溶けていきました。
しかしじっとなんかしていられない。
もしかしたら記念すべき一日になるやも知れぬ!などと
一人でかなぁり興奮して支度をして
まずビリーとお散歩。
ビリーは雪なんかそしらぬ顔で
「寒いのに、まったく」とでも言いたげに
早足でさっさと用を済ませて帰ってきたのでした。
飼い主の気持ちのわからん奴だ。
もうちょっと雪を楽しむ心の余裕をもってほしいな、ビリー。

ビリーがお布団の中に逃げ込んだのを確認して
私はしっかり防寒していざ街中へ!
フンフンと鼻息は荒く全然寒さを感じない!!
単純だな・・・我ながら。

しかし、期待をはるかに下回る雪の量。
街中の雪はほとんど溶けてしまって
ただの雨上がりとたいして変わらない。
ただ寒さが身に染みるだけ…。
ドゥオーモのクーポラの北側にちょっと残った雪を確認し
アルノ川の川岸に残った雪に感心し
それでもまだ物足りないので、高いところに行ってみよう!

いつもだったら「遠いからやめておこう」とか「バスで行こう」とか思うのに
今日はフンフン張り切って歩いてミケランジェロ広場まで昇っていくことに。
ところがいつも上っていく階段が「崩壊のため閉鎖」!
なんてことだ。
でもそんなことには負けない雪の日のオマタ。
脇の坂道を息を切らせて登っていくと
そこはサン・ミニアート・アル・モンテ教会の目と鼻の先。
ついでに教会見学もして
フィレンツェの街を見渡してみると、あんまり雪なんか積もってない…。
ち、つまんないの。

しかし、日曜日の朝だというのに
そして空気は肌に突き刺さるように冷たくてむちゃくちゃ寒いというのに
やっぱり雪が珍しかったのね、
ミケランジェロ広場にもたくさんのフィレンツェ人が!!
私のような単純明解な仲間がいっぱい。
雪の降った朝出会った人はみんななんだか笑っていたのね。
非日常の出来事って幸せをもたらすこともあるのねぇ。
2004年2月10日のおまちゃん

先日フィレンツェの街外れにある
IKEAに行ってきました。
市バス(ATAF)で駅から30分くらいのところ。
スェーデンの大型インテリアチェーン店ですが
バブリーな時代に日本にも上陸し、
その後業績が芳しくなく一旦引き揚げ
今また新たに日本へ進出準備中とか噂も聞きました。

イタリアにもここ数年で随分店舗が増えました。
フィレンツェに出来たのは確か2002年だったと思うけど。
日曜日の夕方、イタリア人でごった返していました。
巨大な駐車場に停めきれない車が路上に溢れ出るほど…。

さて、そんなところまで一人でバスに乗ってわざわざ
なにをしに行ったかというと
羽毛布団カバーの新しいものを買いに。
今まで使っていたお気に入りの
グリーンの羽毛布団カバーも
6年ほど前にボローニャのIKEAまで行って
(その頃フィレンツェから一番近いのはボローニャの店舗だったので)
買ってきたもので、
まぁ冬の間だけしか使わないとはいうものの
随分長いこと使ってきて
洗濯回数も重なり生地も弱ってきていたのは確か。
ひとつきほど前にはチッチーノの鋭利な爪の餌食となり
一部ツギアテをしてもなお使っていたのですが、
そこへ、先日ビリーが…とどめを。

このカバーはシングル用で長方形の短辺のうち一辺が大きく開いていて
そこから羽毛布団を入れるような仕組みで
もう一辺の端のほうに羽毛布団の隅を引っ張って形を整えるための
拳が入るくらいの穴が開いている簡単なタイプ。
ファスナーもボタンもないシンプルさ。

ビリーは時々この羽毛布団の下へ潜ろうとしては
間違えて、羽毛布団とカバーの間へ(つまり袋小路の中へ)
入り込んでいたんです。
たいていは入った広い口からのそのそ出てきていたのですが、
その日はぐんぐん奥まで行って
とうとう端っこまで行き着くついてしまい
そこで眠っていたらしいのですが
そこから出ようとしてパニックに。
出口が見つからなくなっちゃったのね。
散々苦労したのだと思うけれど、
自分の入ってきた広い入り口はもうどこかわからなくなっていて
近くには例のこぶし大の穴が開いているのみ…。
こぶし大ですからビリーの頭くらいは確かに入るんだけど
いくら痩せているとはいってもさすがに体は通り抜けできない。

情けない声を出しているのを聞きつけて近づいてみると
こぶし大の穴から鼻の先を出してはんべそ状態。
ご自慢の大きな耳はまだ袋の中で
見るからにオットセイのような顔して困り果てている姿。
あまりに可愛かったり可笑しかったりしたので
デジカメで撮影しておこうとカメラを取りに行こうとしたその瞬間
ビリーは助けてもらえないと思ったのか
自力でその小さな穴から脱出することを決意し実行。
びりびりっと威勢のよい裂音と共に、まず耳が出て
続いて前足、お腹、後ろ足、尻尾までするっと出てきました。
こぶし大の穴は見事にビリーが通り抜けられる大きさにまで拡張されました…。

カバーとしての役目を果たすのにはまったく問題はないので
そのまま使い続けてやろうかと思ったのですが、
さすがに片方だけビロっとしているのは見た目が格好悪い。
まぁ、「買い替えの時期ですよ」というお知らせと思って。
もうすぐ友人も遊びに来るし、彼女に使ってもらうのにも
やっぱり新しいほうがいいものね。

ビリーはそれ以来かなり注意を払っているようで
間違えて袋小路に入ることは今のところありません。
学習。