オルサンミケーレ教会 |
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| フィレンツェの街の中心 ドゥオーモとシニョーリア広場を結ぶ カルツァイウォーリ通り(Via Calzaiuoli)に面した教会 そのあたりは昔は耕作地(orto)で その場所には8世紀頃までは サン・ミケーレ・イン・オルト祈祷所があり それが今の教会の名前の名残 Arnolfo di Cambio(アルノルフォ・ディ・カンビオ)によって 1290年に小麦粉市場として使う開廊を建築 その後1304年に消失 1337年にその跡地に現存建物の元となる建物の建築開始 アルノルフォ・ディ・カンビオの時代よりも大きな開廊が完成 この建築に携わっているのは Francesco Talenti(フランチェスコ・タレンティ) Neri di Fioravante(ネーリ・ディ・フィオラヴァンテ) Benci di Cione(ベンチ・ディ・チョーネ)など 1380年には小麦粉倉庫を拡大するために上階部分を増築 この上層階に緊急時用の小麦粉を保管 地階部分に残るアーチは1200年代の様式で 古い開廊の名残が見られます |
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| カルツァイウォーリ通りから一本西の Via Arte della Lana(アルテ・デッラ・ラーナ通り)に 教会付属美術館の入り口があります |
少し薄暗い裏通りという感じですが あちこちに13世紀頃の風情を残しています |
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| 毛織物組合(Arte della Lana)の紋章→ | ||
| Via Arte della Lanaをはさんで 向かい合った建物から渡り廊下で 教会の上階にある美術館へ |
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| 渡り廊下からの眺め | 美術館の窓からドゥオーモを望む | 渡り廊下からの眺め |
| 教会内部の柱には 長方形の穴が開いています ←上階の柱の部分→ これは上階の倉庫から 柱を通して小麦粉を流した形跡 |
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| 外壁面をぐるりと飾っているのは大理石やブロンズの像 現在置かれているのは全てコピーで オリジナルは教会上階の美術館とバルジェッロ博物館に収蔵 この彫像はそれぞれ同業組合(Arte:アルテ)の守護聖人をかたどったもので 全部で14個あります 作品はいずれも1400年代初めから1600年代にかけて作られたもので Verrocchio(ヴェロッキオ)の「洗礼者ヨハネ」と「聖トンマーゾの不信」 Giambologna(ジャンボローニャ)の「聖ルカ」 Donatello(ドナテッロ)の「王女を救出するサン・ジョルジョ」 Luca della Robbia(ツカ・デラ・ロッビア)の「聖母子像」など |
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| San Giorgio Donatello(ドナテッロ) |
I Santi quattro coronati 14体のうち唯一四つの像が押し込まれたニッキア |
San Givanni battista Verocchio(ヴェロッキオ) 洗礼を受けるイエスキリストの 右足がはみ出したダイナミックな構図 |
| 教会内部には小麦粉倉庫だった形跡があちこちに見られます 当時小麦粉の量を測るのに使われていた 計量カップをモチーフにした飾り↑ |
美しいフレスコ画で飾られた天井には ところどころに鉄の輪がついています 麻袋に入った小麦粉を移動させるのに てこの原理を利用していた形跡らしい |
上層階の穴から落とした小麦粉が出てくる 地階の受け口 |
| 教会内部はかつて小麦粉市場だったとは思えない美しさ 14世紀のフレスコ画で天井・柱・壁の一部が装飾されています 天井部については1398年から1399年にかけて Franco Sacchetti(フランコ・サッケッティ)の偶像崇拝計画に基づいて装飾 題材は旧約聖書・新約聖書から ステンドグラスは1300年代後半のもので Niccolo di Pietro Tedesco(ニッコロ・ディ・ピエトロ・テデスコ)作 題材は聖母マリアの奇跡 |
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| Bernardo Daddi(ベルナルド・ダッディ)の 「聖母子像」 (1347年)は オルカーニャのタベルナーコロに 組み込まれています |
Andrea Orcagna(アンドレア・オルカーニャ)の 大理石のタベルナーコロは1355年から1359年の作品 これは非常に手の込んだ作品で一見の価値あり 実は一つの小さな建物のようになっていて 中に人がかろうじて入ることもできます その昔は街の人の寄付金や恵みがここに投じられ それを回収するために人が中に入ったのだそうですが もちろん今はそのような使われ方はしていません |
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